Walls Come Tumbling Down
「まぁ」を多用する人は「他人は他人、自分は自分」という考えの人。「自分はこうだ」と表明はするものの、誰かが自分と違う意見を持つことにはあまり抵抗が無い。しかし、自分の領域を侵される事にとても敏感で、意見や考えを押し付けられると、途端に戦闘体制に入る。

Twitter / @grinder: “「まぁ」を多用する人は「他人は他人、自分は自分」と …

まぁそうだな

(via raurublock)

うん、まぁ、そうかな。

(via pdl2h)

まぁ、ね

(via scsa)

語彙が少ない人はマジでクソ。もう本当にダメ。何がダメって、語彙が少ないからマジで言うことがクソ。すごいクソだから、他人からもダメみたいにに思われてて、ヤバいくらいクソ。もう、本当にヤバいくらいクソ。ヤバい。クソ。語彙が少ない人ってマジでクソ。

あ(っくん) (alexkppzu6) on Twitter (via yasunao)

じわじわくる

(via hellisinyourbrain)

おまっ、、

(via appbank)

500人の実際の友人がFacebookにいるということは、偏差を無視すると現実世界では1万人と会ったことがあるということだ。政治家でも無い限り、なかなかあり得ない数字。つまり「500人以上のFacebookで友人がいる人は会ってないヤツと簡単に友人になる人」ということがほぼ言える。ましてや友人2000人とかは変な魂胆でもないとあり得ない数。500人以上の友人がいれば、架空IDがついている確率はほぼ100%。当たり前です。相手はこういう感覚の人を狙ってるわけですから。つまりFacebookで友人数がむやみに多い人はセキュリティ感覚がないということを周囲にアピールしているようなものです。こんな人とは友人になりたくありません。

僕の持論に、「人間は残酷な人ほど優しくなれる」というのがあります。残酷な人ってね、相手がどう思っていようか全く関係ないんだよ。相手の気持ちなんて関係ないの。自分が好きだから言葉を尽くして気持ちを尽くすんだけど、「ああ、もうこの人はこれ以上のことは伝わらないんだな」って思ったその瞬間から、一切手を引くことが出来る。未練がましい人は、相手にかけた気持ちや時間とか時にはお金に執着する。残酷な人は、そういうものは持ち合わせていない。これ以上はダメだと思ったその瞬間から、プッツリと気持ちを切ることが出来る。優しさってそういうものなんだと思うんだ。相手の状態がどうであれ、出来る限りのことを自分がする。それでもダメって思ったら、後ろ髪を引かれながらも背中を向ける。

そういうのが優しさってもんじゃないかな。私はそういう付き合い方をしたい。

知らぬ間に三番街に迷い込んだ時のアリス感は異常
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